亀さんのイサーン奮闘記、 物差し

暮らしの物差し

日本での、小さな時から親に教えられた一般的な礼儀作法で
長い間暮らした物差し、自分の物差しとして持っている私が、・・・・・・

気候風土、人間性、言葉、文化、習慣、の違うタイに
暮らすには大きな誤差があり、戸惑いがある、

タイの東北地方「イサーン」に来たら益々、その誤差の大きさが解る、
言葉だ、タイ語の中に、イサーン語「ラオス語」が有る事だ。

日本人の常識が、常識でない事、それがイサーンの常識になるのかな?
イサーンにお世話になる以上耐えるしかないのかな?・・・・・・・

これから先も、物差しの接点はないだろう、
何処かで物差しを曲げながら接点を見つけ、苦労を楽しみに変えて
イサーン人になって暮らします。


Posted by まさる. at 2009年10月04日10:30

この記事のコメント

こんばんは!
そうですね。郷に入ったら郷に従えというのが世渡りのこつだそうですね。日本とタイほどではないにしても九州から静岡に来た時もそんな感じがありましたね。でもタイ人は日本人ということをなんの強制もなくおおらかに受け入れてくれますね。このおおらかさいいかげんさ鈍感さが住み心地をよくしているのだと思います。(メコン)
Posted by 静岡日タイ協会 at 2009年10月05日 22:16

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亀さんのイサーン奮闘記、 物差し
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