亀さんのイサーン奮闘記 (9)

イサーンを走りました、 家内同伴でドライブ旅行  22日から25日

イサーンの南下、タイ、カンボジア、国境のサケオ県、アランヤプラテートに走りました、
アランヤプラテートのホテルに宿泊、 家から500キロでした、

ホテルでは、名古屋のNGO,のメンバーと再会の約束があったからです、
メンバーは10名、 サケオ県のターパラヤ郡の学校校舎建設の手伝いボランテアで訪タイ
22日~29日まで作業して、29日夜の便で帰国します、

23日はメンバーと別れ、娘の居るスワンナプーム(空港近く)のアパートに行き泊まる、

24日はパスポートの期限が来ているので、大使館に行き、更新をしました、
折角のバンコク、日本食を食べる事に、 伊勢丹デパート7Fの回転すしにした、

久し振りの日本食、家内も喜んで食べていました、

田舎には日本食材は有りません、 バンコクに行った時には必ず仕入れて帰ります、

夜には、娘のアパート近くのデパートで、娘の招待で、しゃぶ、しゃぶ、回転すし?をご馳走になる、
親子3人、水入らずの久し振りの夕食でした。

25日スワンナプームから、630キロ、田舎、ノンポークに無事帰りました。
走行距離は1,440キロでした。

次回はイサーンの広さを考える、 を、書きます。


  


Posted by まさる. at 2009年08月28日11:13

亀さんのイサーン奮闘記(8) ボランテア

先週、ボラブの町に有る池を調べて来る様に出掛けましたが突然の大雨で池の傍に行く事が出来ませんでした、
近い内に行って、塩水を確かめてきます。

ボランテア、   日本各地の有志の皆さんがタイ王国の貧しく、恵まれない、子供達に支援、援助の手を差し伸べています。

タイに暮らす日本人としては嬉しい事ですが、貧困地の人達は日本人は全部お金持ちに見えるようです、
私の様に限られた年金暮らしの日本人も居るのです、 お金持ちでは有りません、

タイに暮らして5年、ボランテア活動を幾つか見てきました、
日本の皆さんの善意が100%、恵まれない人達に行き渡っているか?  考え物です。

イサーン、 「何でもあり」 のイサーンです、
ボランテアで支援、援助された、金品が何処かに行っている様にも思います、

疑ってはいけませんが、その物がその人に渡っているか、最後まで見届ける必要がありますが、
見届ける人が居ません、

タイに来て、渡す物を渡して、2~3日で帰国、 ボランテアでタイに行って来たと胸を張られていますが、
皆さんが帰った後、後ろを向いて、「アカンベー」をしているかも知れません、

ボランテアをされる皆さん、 最後まで見届けられる事を考えて下さい。
皆さんの、善意が、台無しです、

イサーン、 タイ人と付き合うには、  焦らず、 当てにせず、 諦めず、 を、頭に入れて、・・・・・・・


  


Posted by まさる. at 2009年08月18日16:00

亀さんのイサーン奮闘記 (7)

8月12日 (祝)

きょうは、祝日、王妃誕生日です、

どんより曇った祝日です、気温は32度、蒸し暑いです、
きょう、私は、マハサラカームの友人(日本人)の奥さん(タイ人)の誕生会に出掛けます、
マハサラカームの大学で日本語の先生をしている、K県、出身の、Uさん夫妻も出席との事です、

7月、友人のMさん、Uさんと食事をした時、今度、イサーン日本人会を作ろうか?、話が出ました。
果たして、イサーンに何人の日本人が居るか? イサーンは広過ぎます、
県を絞って作るか?、どうするか?  きょう話をする予定です、

誕生会は午後6時から、  5時までにマナサラカームに着くように、2時30分に家をでます、
マハサラカームまで、130キロあります、

家内同伴で出席、家内は朝から、浮き、浮き、しています、

場所は、隣町の、ボラブ、のようです、
ボラブには大きな池が有りますが、この池の水は塩水で最近まで塩を作っていたようですが
役場の決まりで塩の生産は中止になった様です、

明日、池に行って、塩水か? 確かめて来ます、  何で、こんな田舎の真ん中の池が塩水か?

  


Posted by まさる. at 2009年08月12日10:55

亀さんのイサーン奮闘記

8月11日、(火)
静岡沖地震、お見舞い申し上げます、 
震度6、(弱)、皆さん被害は有りませんでしたか?

田舎は久し振りに日が射して、9時には31度です、

奮闘記(2)で書きましたが、メコンの水量が上がって、ムクダハンから100キロ上流の町ナコンパノムに
水害が起きました、今年は何時もより早いです、恐らく、メコンも一杯になった様です。

さて、ビザ、ですが、ラオスに行く事になりました、
嬉しい事に、ラオス、ビエンチャンに家内の親戚が3軒ある、とのこと、連絡をしてもらう、
家から、ノンカーイ迄、380キロ、5時間、手續きを済ませバスに乗って、メコン友好の橋を渡るとビエンチャン
親戚が迎えに来てくれた、

ビザの方は明日でなければ出来ない、と、言われ、ビエンチャン泊りとなる、

翌日入管でパスポートをもらい、バスでノンカーイに戻った、

90日毎に同じことを繰り返すと思うと、・・・・・・
2回ビエンチャンに行きました、2回目の時、タイ側の入管に聞いた所、家からは、ムクダハンの
入管の方が近いから、ムクダハンでやりなさい、と、教えられました、

3回目の90日、更新は、ムクダハンに行ったが、・・・・・・まだ、頭の中はタイから出なければいけない
メコンの渡し船で対岸のラオス、サバナケット、に行く、 片道、50バーツの船代で、
入管で1500バーツ払って入国、  帰りの船の時間まで2時間、サバナケットの市場に行った。
無事、ムクダハンに着き、帰宅しました、  これなら、日帰りで更新が出来る、一安心

サバナケットに3回行きました、3回目の帰りムクダハンの入管で話した所、
1年の家族ビザがあるから、事務所によって、話なさい、事務所で処理が出来る筈だ、

話によると、1年ビザがあるから、90日毎の更新は事務所で書類審査で済むからとの事

1泊から、 日帰り、の、ラオス参りも終わり、今では、ムクダハンの入管で簡単に済む様になりました。  


Posted by まさる. at 2009年08月11日09:30

亀さんのイサーン奮闘記(5)

8月10日(月)
田舎は今日も雨、 4日つずいて雨、小雨が静かに降っている、気温も上がらず、25度、涼しく、過ごしやすい、
やはり、タイらしい、晴れて、暑い日がいい、

ビザの事だけど、 今、日本は夏休み、海外に出掛ける人は多い、
最近は、短期間の海外旅行でビザの必要が無くなり、 気軽に旅行が出来るようになった、

私の場合は、観光旅行では無く、生活、暮らし、を、求めての、ビザです、
日本のタイ大使館で申請したのは、家族ビザ(Oビザ)と暮らしに必要な資金の年金ビザです、
沢山の書類が必要でしたが、無我夢中で申請した事、忘れません、

家族ビザ、1年間有効、これで1年間安心して暮らせると思ったら、90日毎に国外に出て、再入国する
そんな話を聞き、旅行会社などに、ビザの事を問い合わせました、

ここで問題、 タイ語が出来ない、どうする?  日本のタイ人の所に電話して通訳をしてもらい
1回、タイから出る事、日本に帰るのか?  タイは隣接する国がある、近いのはラオスだ、
どうして、ラオスに行くか? 言葉の問題だ、また、日本に電話して、通訳してもらう、  


Posted by まさる. at 2009年08月10日11:20

亀さんのイサーン奮闘記 (4)

もし、・・・・・もし、出迎えが無かったら、どうしただろう、もし、何処かに連れて行かれたら、そんな事は考えていなかった
ただ、タイで、年金で暮らす事だけ、もう、日本には帰れない、帰らない、行く所も無い、紹介者を100%信じていたから
出来たと思う、10時間走って来たノンポーク、田舎だと言うことは見れば判るが、東北地方(イサーン)の代名詞があるとは
イサーン、貧困の地、終戦後の日本に似ている、タイだと、思っているが、大人達が話す言葉が違う、イサーン語だという
イサーン語、どうも、ラオス語のようだ、私の辞典には無い言葉だ、タイ語も出来ないのにイサーン語、年齢からいっても
覚えるより忘れる事が多いのに困ったものです、イサーンには大きな会社、工場など有りません、農業が主です、
主と言ってもお米が年1回獲れるだけです、その、お米はもち米、イサーンでの主食(カオニャオ)です、ガイヤーン(焼き鳥)
ソムタム、パパイヤを使ったサラダ、が日常の食事です、タイ人は外食をしますが持ち帰りも、多いです、外食、麺類の
クイッテオ、蒸し鳥味付けごはんカオマンカイ、などが定番です、クイッテオもカオマンカイも今は一食、30~35バーツです、
90円~100円です、労働の事ですが、田、畑、の有る人はいいですが、無い人の方が多いです、無い人はバンコク方面に
働きに行きます、男性は運転手が多いです、バンコクのタクシーのドライバーはイサーン人が50%以上と思います、
女性はバンコク、パタヤ、プーケット、に行き仕事をしていますがお金を稼ぐのに一番早いのは夜の仕事です、
夜の仕事で日本人観光客と知り合い結婚?、子供が出来て、今、話題になっている父親探しです、話題になった人は
氷山の一角です、男と女、騙し、騙されているのです、田舎で働く人の収入ですが、仕事があって、一ヶ月4000~5000バーツ12000円~15000円位です、1日は150~180バーツが相場です、450円~550円、です、  続き読む?


Posted by まさる. at 2009年08月08日14:30

亀さんのイサーン奮闘記 (3)

ひょんな事から、始まった亀さんのタイの暮らしをこれから皆さんにお届け致します、タイ、東北地方(イサーン)のロイエット県
小さな田舎町?ノンポーク、何も知らないで来た所、言葉も、文化、習慣も、毎日の生活様式も判らないまま暮らし始めました
この暮らしの始めは、年金暮らしの出来る所を探している時、日本で日本に住むタイ人に紹介されノンポークの女性と再婚
(写真見合い)で結婚しました、その前に、タイに下見に来ましたが下見をしたのはバンコク、チェンマイ、でした、
下見をしてタイなら僅かばかりの年金でも暮らす事が出来ると思い決断、情報収集している時女性を紹介されたと言うことです
紹介して貰いましたが、タイの何処か教えて貰えませんでした、紹介者を通して日本で婚姻届を出し、年金の受給銀行も
決めて、2回目の訪タイが、タイの暮らしの始まりです、日本の暮らし64年がスーツケース1個とキャリーバック1個になって
タイに来ました、相手の女性は写真で見ただけで会った事は有りません、紹介者の指示で、ドムアン空港に着いて
税関を通ったら左側に出るようにいわれました、写真で見た女性が迎えに来てくれました、言葉が出ません、判らないのです
女性の子供(息子)と一緒に車の所に行き荷物を載せ走り始めました、時間は夜中の12時頃、ドムアン空港をでて
家に向かったのですが、走れども、走れども、・・・・朝、10時、家に着きました、同じような景色の中を何時間も走って
ようやく着いたのが、小さな田舎町、ノンポークでした、見るもの、言葉が珍しかった、
小さな日タイ辞典と旅のガイドブックを見ながらの暮らしが始まりました、 5年過ぎても辞典は手放す事はありません
5年前の訪タイした時の行動、今、思うと、ゾ~、とします、ただ、暮らす事だけが頭にあり、一杯でした。
その時の事、思い出してこの次書き込みます。





   


Posted by まさる. at 2009年08月08日10:00

初めての入力

はじめまして
亀さんのイサーン奮闘記をタイから、直接送るように、頑張ります、
イサーン奮闘記を宜しく、
               
        NONG、PHOK,  亀さん  


Posted by まさる. at 2009年08月06日11:33

はじめての投稿

はじめまして、
亀さんのイサーン奮闘記をタイ、から、直接送るように挑戦しています、
頑張りますので宜しく、   期待して下さい、

         NONG, PHOK,  亀さん  


Posted by まさる. at 2009年08月06日11:18

初めてのブログ

初めてのブログ、です、

亀さんのイサーン奮闘記、タイ、イサーンから情報を送ります、
これから、宜しくお願い致します、

   ロイエット県、ノンポーク郡、ノンポーク町、  亀さん、です、  


Posted by まさる. at 2009年08月04日09:00

イサーンの亀山邸

  


Posted by まさる. at 2009年08月02日17:44